第193回 退職給付会計ゼロ入門:退職給付債務・年金資産・勤務費用と法人税のずれを仕訳で整理(5日練習付き)

第192回では、会計と税務の金額がずれる場面を税効果会計で整理しました。今回は、退職給付会計です。

最初から仕訳を作ろうとすると、退職給付債務と年金資産が混ざります。まず両者を別々に動かし、次に退職給付費用を求め、最後に仕訳と法人税の申告調整を確認します。

基準日:2026年9月25日。日本基準を前提とする一般的な学習用解説です。設例の割引率、長期期待運用収益率、金額は計算練習のための仮定であり、個別の会計処理・税務判断を示すものではありません。実務では、適用する会計基準、退職金規程、年金規約、過年度の申告調整を確認し、必要に応じて公認会計士・税理士等へ相談してください。

先に全体像をつかむ

  1. 確定給付制度か確定拠出制度かを判定する
  2. 確定給付制度では、退職給付債務と年金資産を別々に計算する
  3. 勤務費用、利息費用、期待運用収益などから退職給付費用を求める
  4. 連結財務諸表と個別財務諸表の違いを確認する
  5. 会計上の費用と法人税上の損金算入額を分ける

基本は「退職給付債務-年金資産=積立不足または積立超過」です。ただし、未認識数理計算上の差異や未認識過去勤務費用があると、個別財務諸表の計上額は連結財務諸表と異なります。

1.確定給付制度と確定拠出制度

項目 確定給付制度(DB) 確定拠出制度(DC)
意味 確定拠出制度以外の退職給付制度 一定の掛金を外部に積み立て、企業がその掛金以外の追加的な拠出義務を負わない制度
会計の中心 退職給付債務、年金資産、数理計算上の差異など 当期の要拠出額
当期費用 勤務費用、利息費用、期待運用収益などから計算する 原則として当期の要拠出額
未拠出額 制度の内容に応じて処理する 未払金に計上する

企業会計基準第26号は、一定期間の労働提供などに基づき、退職後に支給される給付を対象とします。株主総会の決議などが必要となる役員退職慰労金は、同基準の対象外です。

2.退職給付会計を構成する数字

項目 意味 基本的な動き
退職給付債務 退職給付のうち、期末までに発生したと認められる部分を割り引いた金額 期首債務+勤務費用+利息費用-給付額±数理計算上の差異等
年金資産 退職給付以外に使用できず、企業やその債権者から法的に分離されるなどの要件を満たす資産 期首資産+実際運用収益+掛金-給付額
退職給付費用 当期純利益を構成する費用 勤務費用+利息費用-期待運用収益±差異の費用処理額等
貸借対照表計上額 制度の積立状況を基礎とする金額 連結と個別では未認識項目の扱いが異なる

期待運用収益は、期首年金資産に長期期待運用収益率を乗じた計算上の収益です。実際運用収益をそのまま退職給付費用から差し引くわけではありません。期待運用収益と実際運用収益との差は、数理計算上の差異に含まれます。

現在価値の小さな設例

退職時の給付見込額1,200万円のうち、期末までに900万円が発生していると仮定します。支給まで3年、設例上の割引率を年2%とすると、単純化した現在価値は次のとおりです。

900万円÷(1+0.02)3=約848万円

実際の計算では、給付見込額の期間帰属、予想昇給率、退職率、死亡率、支払時期なども考慮します。割引率は、期末における安全性の高い債券の利回りを基礎として決めます。

3.債務・年金資産・費用を一つの設例で検算する

従業員非拠出の確定給付企業年金について、連結財務諸表上の基本構造を確認します。単位は万円です。過去勤務費用と数理計算上の差異は発生しないものとします。

前提 金額・率
期首退職給付債務 10,000
期首年金資産 6,000
勤務費用 500
割引率 2%(設例上の仮定)
長期期待運用収益率 3%(設例上の仮定)
企業の掛金拠出額 700
年金資産からの給付額 400
実際運用収益 180

退職給付債務

項目 計算 残高への影響
期首残高 10,000 10,000
勤務費用 500 +500
利息費用 10,000×2% +200
年金給付 400 -400
期末残高 10,000+500+200-400 10,300

年金資産

項目 計算 残高への影響
期首残高 6,000 6,000
実際運用収益 180 +180
企業の掛金 700 +700
年金給付 400 -400
期末残高 6,000+180+700-400 6,480

退職給付費用と期末負債

期待運用収益=6,000×3%=180

退職給付費用=勤務費用500+利息費用200-期待運用収益180=520

期末の退職給付に係る負債=退職給付債務10,300-年金資産6,480=3,820

期首の積立不足は4,000です。負債の増減からも確認できます。

期首負債4,000+退職給付費用520-掛金700=期末負債3,820

年金資産から支給された400は、退職給付債務と年金資産を同額だけ減らします。そのため、積立不足の純額には影響しません。

仕訳

取引 借方科目 借方 貸方科目 貸方
当期費用の計上 退職給付費用 520 退職給付に係る負債 520
掛金の拠出 退職給付に係る負債 700 現金預金 700

表示した仕訳の借方合計と貸方合計は、ともに1,220です。負債残高も4,000+520-700=3,820となります。退職給付費用は、原則として売上原価または販売費及び一般管理費に計上します。

未認識項目がないこの設例では、個別財務諸表でも3,820を「退職給付引当金」として表示します。

4.数理計算上の差異

前の設例で、実際運用収益が180ではなく100となり、期末の数理計算による退職給付債務が10,300ではなく10,420になったとします。

原因 計算 差異
運用実績が期待を下回った 期待180-実績100 借方差異80
退職給付債務が見込みより増えた 実績10,420-見込み10,300 借方差異120
合計 80+120 借方差異200

期末年金資産は、6,000+100+700-400=6,400です。実際の積立不足は、10,420-6,400=4,020となります。

項目 連結財務諸表 個別財務諸表の当面の取扱い
貸借対照表 積立不足4,020を退職給付に係る負債として計上 借方の未認識数理計算上の差異200を差し引き、退職給付引当金3,820を計上
当期に費用処理しない差異 税効果前200をその他の包括利益の「退職給付に係る調整額」に反映 未認識数理計算上の差異として繰り延べる

連結財務諸表の負債は、4,000+520-700+200=4,020でも確認できます。個別財務諸表は、10,420-6,400-200=3,820です。

差異を翌期から10年間の定額法で費用処理する会計方針なら、翌期以降の費用処理額は年20です。費用処理期間は平均残存勤務期間以内の一定の年数とし、費用処理を始める年度も会計方針に従います。

連結財務諸表のその他の包括利益は、法人税等と税効果を調整して表示します。上記200は税効果前の金額であり、そのまま税引後の金額になるわけではありません。

過去勤務費用は、退職給付水準の改訂などによって退職給付債務が増減した部分です。割引率や運用実績のずれから生じる数理計算上の差異とは分けて考えます。

5.簡便法と確定拠出制度

小規模企業等の簡便法

簡便法を適用できる小規模企業等は、原則として退職給付債務の計算対象となる従業員が300人未満の企業です。複数の退職給付制度がある場合は、制度ごとに判定します。

300人未満なら自動的に簡便法を選べるわけではありません。高い信頼性をもって数理計算上の見積りを行うことが困難な場合、または退職給付に関する財務諸表項目の重要性が乏しい場合に、簡便な方法を使うことができます。従業員が300人以上でも、年齢や勤務期間に偏りがあり、原則法による計算に一定の高い水準の信頼性を得られない場合は、簡便法を使えることがあります。

非積立型制度の退職給付費用は、次の形で確認できます。

当期退職給付費用=期末負債-(期首負債-当期の退職給付支払額)

積立型制度では、期首負債から当期拠出額を控除した残高と期末負債との差額を費用にします。事業主が退職給付を直接支払った場合は、その支払額も期首負債から控除します。

確定拠出制度

確定拠出制度では、当期の要拠出額を費用処理し、未拠出額を未払金に計上します。要拠出額120万円のうち100万円を支払い、20万円が未払いなら、仕訳は次のとおりです。

借方科目 借方 貸方科目 貸方
退職給付費用 120 現金預金
未払金
100
20

借方120と貸方100+20が一致し、期末の未払金残高は20です。

6.法人税では会計費用と実際の掛金を分ける

税務上の退職給与引当金制度は、原則として平成15年3月31日以後に終了する事業年度から廃止されました。したがって、会計上の退職給付費用を計上しただけで、その全額が法人税上の損金になるわけではありません。

一方、確定給付企業年金の規約に基づいて支出した掛金や、企業型年金規約に基づく事業主掛金などは、法人税法施行令第135条により損金算入の対象となります。法人税基本通達9-3-1では、対象となる掛金等を現実に納付または払い込まなければ、未払金として損金算入できないとされています。

確定給付制度の設例を申告調整する

前の設例に、次の前提を加えます。

  • 期首負債4,000は、過年度に全額を加算・留保している
  • 当期の退職給付費用520に、別途損金算入できる部分はない
  • 掛金700は、確定給付企業年金の規約に基づき、当期中に現実に支払った
  • 旧退職給与引当金の残高など、ほかの申告調整はない
項目 会計処理 法人税上の処理 申告調整 留保残高
期首 負債4,000 過年度に調整済み なし 4,000
退職給付費用 費用520 設例では損金不算入 加算・留保520 4,520
掛金の支払い 負債を700減額 支払額700を損金算入 減算・留保700 3,820

申告調整の純額は、加算520-減算700=マイナス180です。この設例では、申告調整によって所得金額が会計上の税引前利益より180少なくなります。期末の留保残高は4,000+520-700=3,820となり、会計上の期末負債と一致します。

これは、上記の仕訳と前提だけを置いた設例です。掛金を会計上の費用として処理している場合、複数の制度がある場合、企業が退職一時金を直接支給する場合、未認識項目や過年度差異がある場合は、申告調整が変わります。

前述の確定拠出制度の例では、会計上の費用120に対し、当期中の支払額は100です。同じ税務前提なら、未払額20を加算します。その20は、実際に支払った事業年度に改めて損金算入の可否を判定します。

本稿では法人税額を計算していません。適用税率や税効果会計で用いる税率は、事業年度、所在地、法人規模、将来の解消時期などで変わります。繰延税金資産についても、期末負債へ機械的に税率を乗じるのではなく、将来の損金算入見込みと回収可能性を確認する必要があります。

7.間違えやすいポイント

誤りやすい考え方 確認すること
退職給付債務と年金資産をそのまま総額表示する 同一制度では積立状況を示す純額が基本。別制度の積立超過を他制度の債務と相殺しない
実際運用収益を退職給付費用から差し引く 費用計算では期待運用収益を差し引き、実績との差を数理計算上の差異とする
年金資産からの給付時に企業の現金を減らす 年金資産から支払われる場合、企業の現金は動かない
連結と個別の負債は必ず同額になる 未認識数理計算上の差異などがある場合は金額が異なる
掛金を未払計上すれば税務上も損金になる 施行令第135条に該当する掛金等は、現実の納付・払込みを確認する
従業員300人未満なら必ず簡便法を使える 対象人数に加え、見積りの信頼性や重要性を確認する

8.5日で定着させる

日 目安 取り組む内容 確認点
1日目 10分 確定給付制度と確定拠出制度の違いを書く 追加的な拠出義務の有無を説明できるか
2日目 15分 下の問題で退職給付債務を計算する 給付額を差し引いたか
3日目 15分 年金資産、退職給付費用、期末負債を計算する 期待運用収益の符号は正しいか
4日目 15分 仕訳を作り、借貸と残高を再計算する 二つの方法で期末残高が一致するか
5日目 15分 会計費用と実払掛金を申告調整につなぐ 未払掛金を損金にしていないか

練習問題

期首退職給付債務8,000、期首年金資産5,000、勤務費用420、利息費用200、期待運用収益100、掛金500、年金資産からの給付300とします。実際運用収益は期待運用収益と一致し、数理計算上の差異はありません。単位は万円です。

  1. 期末退職給付債務はいくらか
  2. 期末年金資産はいくらか
  3. 退職給付費用と期末負債はいくらか
  4. 掛金500を当期中に支払い、前節と同じ税務前提を満たす場合、申告調整の純額はいくらか
解答と検算

期末退職給付債務は、8,000+420+200-300=8,320です。

期末年金資産は、5,000+100+500-300=5,300です。

退職給付費用は420+200-100=520、期末負債は8,320-5,300=3,020です。期首負債3,000+費用520-掛金500=3,020でも一致します。

仕訳は、退職給付費用520/退職給付に係る負債520、退職給付に係る負債500/現金預金500です。借方合計と貸方合計は、ともに1,020です。

前節と同じ税務前提なら、費用520を加算し、実払掛金500を減算します。申告調整の純額はプラス20です。

9.確認した一次資料

退職給付会計は、債務、年金資産、費用を一度に考えないことが大切です。別々に計算し、最後に仕訳と残高を合わせます。法人税は、その後に実際の支払額から判定します。